あなたは痛みを感じることができますか?
痛みに関して不思議なお話があります。
1980年7月18日、パキスタン・カラコルム山脈でのことであります。山岳同好会の大宮求氏は、同僚の岡野孝司氏と共に標高6456mのラトック4峰の登頂に成功したそうです。しかし、ベースキャンプへ引き返す途中、標高5800m付近で突然足元が崩れ、二人とも落下してしまったそうです。 二人がいた場所は、氷のクレパスに雪が降り積もっただけの薄いフタ状になっていた場所だったそうで、即死してもおかしくない状況であったそうですが、二人は奇跡的に生きていたそうです。そして、大宮氏は骨折していたにもかかわらず、全く痛みを感じていなかったということだそうですが、 一緒に落下した岡野氏は、しきりに胸の痛みを訴えていたそうです。救援隊は来ず、遭難から5日目に食料も底をついたため、大宮氏は脱出を決行し、8時間後にはクレパスからの脱出に成功したそうです。足首を骨折し歩くことのできない彼は、 はってベースキャンプへ向かい捜索隊に発見され無事に帰還したそうです。本来なら眠ることも出来ない程の激しい痛みを伴う重傷を負いながら、7日間も全く痛みを感じなかったということだそうです。
またこんなお話もあります。1998年6月27日、 ワールドカップ・フランス大会予選最終戦(日本対ジャマイカ)では、中山選手は、試合途中で右膝下ひ骨を亀裂骨折したににもかかわらず、試合終了までの15分間、全力で走り激しいプレーを続けたそうです。
痛みとは最も大切な感覚の一つであるといえます。無痛症という痛みをほとんど感じなくなる障害がありますが、しかし、大宮氏の場合救助後には痛みを感じていたということですので、この無痛症ではなかったようです。 モルヒネなどの薬物使用の最中には、ケガをしても痛みを感じないことが多いといわれております。そのため、モルヒネは紀元前1500年頃から鎮痛剤として使われてきたのです。 そして、1978年、コスターリッツ博士により、我々の脳の中でモルヒネと非常に似た作用を持つ物質が、何種類も作られていることが発見されたのです。そのひとつβーエンドルフィンは、なんとモルヒネの約6.5倍もの鎮痛作用があるのです。
我々の体には、骨折や出産といった激しい痛みを伴う場合、脳内でβーエンドルフィンが分泌されて中脳が指示を出し、脊髄に入ってくる痛みの信号を抑えて大脳皮質に伝えなくするのです。しかし、βーエンドルフィンが分泌されても、全ての痛みが完全に消えることはないのです。
ある痛みの測定実験では、何もしない状態より、 別な何かに集中している場合の方が、痛みを感じなくなっていることが分かったのです。
大宮氏がケガをした状況は、生きるか死ぬかの瀬戸際でしたので、情報のコントロールルームといわれる脳幹網様体が、生きる為の情報だけを大脳皮質に送り、痛みの情報はシャットアウトされていたと考えられるのです。
また麻酔を使うことなく陣痛を抑えて出産するソフロロジー出産法でも、このβーエンドルフィンが分泌されるのです。
はり、きゅう治療では、この生体反応をごく自然的な作用で利用してβエンドルフィンを発声させ、痛みを和らげ疾病の治療にあたります。
ともあれ、私たちは痛みがあるお陰で、健康に生きているという事を決して忘れてはならないのです。